認知症高齢者による加害行為の責任の所在が問題となってきました

 交通事故をはじめとする不法行為責任の問題において,直接の加害者が幼年である場合,その保護者の責任問題となることは,当ブログでもすでに述べたところです(「子どもの事故と親の責任」)。
 近年では直接の加害者が高齢者である場合にも,同様の問題が議論されるようになりました。認知症の高齢者が,判断力を失った状態で他者に被害を与えた場合,その家族に責任が発生するのかどうかということが問題になってきたのです。
 社会の高齢化の進展とともに,避けて通れない大きな問題となってきました。

訴訟となった事案で,最高裁判決が出ました

 そのような中で今年の3月1日,注目すべき最高裁判決が出されました。
 認知症の高齢男性(愛知県在住,当時91歳)が,家を抜け出して徘徊して鉄道の線路に立ち入り列車に衝突して死亡したのですが,それにより列車の運行が遅れてJR東海に損害が発生し,JR東海は男性の妻と長男に対し,不法行為に基づく損害賠償請求を行ったという事案です。
訴訟では男性の妻や長男が男性の監督義務者(民法714条)に当たるか否かが主要な争点とされ,第1審判決は,妻・長男とも監督責任者に該当するとして,それぞれについて約360万円,合計約720万円の賠償責任を認めました。
 これに対し控訴審判決は,長男の監督義務は否定しましたが,「同居する妻には夫婦としての協力扶助義務があり,監督義務を負う」として,男性の妻に約360万円の賠償責任を認めました。
 そしてこの度,最高裁は以下のように述べて,妻・長男双方について責任を否定しました。

最高裁の判断は,家族への酷な責任を避けたものでした

 最高裁はまず,「精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできない」と原則を示した上で,「法定の監督義務者に該当しない者であっても,責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合」には,法定の監督義務者に準ずべき者として,「衡平の見地から…民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができる」とします。
その上で,このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは,本人の生活状況や心身の状況などとともに,精神障害者との親族関係の有無・濃淡,同居の有無その他の日常的な接触の程度,財産管理への関与の状況など関わりの実情,精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容,これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して,本人が「精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否か」により判断すべきだとします。
 そして,男性の妻・長男とも,男性の第三者に対する加害行為を防止するために監督することが現実的に可能な状況にあったといえず,その監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえないとして「法定の監督義務者に準ずべき者」に該当しないとしました。

男性の妻は,①長年男性と同居していており,子どもたちの了解を得て介護に当たっていたものの,②本件事故当時すでに要介護の高齢者であり(85歳・要介護1),男性の介護も長男の妻の補助を受けつつ行っていました。
長男については,①男性の介護に関する話合いに加わり,その妻が男性宅の近隣に住んで男性宅に通いながら介護の補助をしていたものの,②本件事故まで当人は20年以上も男性と遠方に別居しており,本件事故直前の時期にも1か月に3回程度週末に訪問する程度でした。
高齢の妻が必死の介護の末,疲労のあまり居眠りをし,一瞬目を離した隙に男性が家を出て踏切に入ったという事案で,家族に法的な責任を認めるのは余りにも酷だという意見も多く,社会的な注目を集めてきました。

考えられる今後の問題です

「責任義務者」(民法714条)に関するこの最高裁判決は,「法は不可能を要求しない( Lex non cogit ad impossibilia.)」という法の原則に照らして妥当な結論といえるのではないかと私は思います。ただ,今後に向けて,例えば次のような問題が考えられます。
(ⅰ)具体的な事案において「法定の監督義務者に準ずべき者」に該当するか否かは,なお事例の集積を待たねばならないでしょう。例えば,この男性の妻が高齢の域には達しており,ある程度体力の衰えはあるが要介護とまではいかない場合,男性の長男が長年別居でも近所に住んでおり交流が頻繁にあったような場合はこれに該当するか等と考えるといくつものケースが想定されるでしょう。
(ⅱ)認知症の高齢者の行動に起因して発生してしまった被害を,どのような形で補償するのかは制度化していかなければならないでしょう。「誰が悪い?」よりも「被害者をどうやって救済するか?」が大事だと思います(これは自動車事故や企業活動に伴う災害など,現代社会で多く見られる問題でしょう。)。
(ⅲ)認知症の中には,急激な悪化により短期間でそれまで考えられない問題行動が増える例もあります。そのような症状のために加害行為をした高齢者の「法定の監督義務者」,あるいはこれに「準ずべき者」は民法714条に基づく責任を負うのか―当該高齢者がそのような行動を取るに至ることが認識・予見可能か否か―も考えられる問題点です。「認知症」だから如何なる問題行動・危険行動も予見すべしというのでは,介護者に酷な責任を課すことになりかねません。