最近、運転中の意識喪失による事故が話題になります

 この頃、運転者が自動車運転中に意識を失い、そのため車が暴走し、多数の人が死傷するという痛ましい事故が時として起こります。
 先日も、大阪市の中心街である梅田でそのような事故が起こり、運転者の男性を含む複数の方が亡くなられました。

そのような事故を起こした運転者の責任―まずは、刑事責任について考えてみましょう

 それでは、こういった事故を起こしてしまった運転者は、どのような責任を負うのでしょうか。刑事責任と民事責任に分けて考えてみましょう。
 まず、刑事責任については、意識を喪失してしまった場合、心神喪失状態になるのが、原則として責任を問えないことになります(刑法39条1項)。
もっとも、持病があって薬の服用を忘れて運転したために発作を起こして意識を失ったような場合、平成26年5月20日施行の「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」3条2項に基づき処罰される可能性があります。
また、薬の服用を忘れて運転したことを過失として、自動車運転過失致死傷罪に問われることもあります(同法5条)。私も司法修習生の時に、糖尿病の持病があるのにインシュリンの注射を忘れて運転し、そのため意識を喪失して自動車の制御ができずに通行人を死亡させてしまった人が、自動車運転過失致死罪で起訴され、有罪判決(執行猶予付)を受けた事案を見たことがあります。
 これに対し、医師等によって発見されることなく、本人も何らの症状を自覚していない疾病が急に出てきた場合、刑事責任を問うことは難しいでしょう。今回の梅田の件ではまさにそうでした。突発的な心臓発作であったようで、そのような事態に至ることを予見・回避することは不可能だったのです。
 法律、特に刑法の領域では、「汝なすべきがゆえに、汝なすことができる(Du kannst、 denn du sollst.)」(インマヌエル・カント)ではあまりに酷に過ぎ、「汝なすことができるゆえに、汝なすべきである(Du sollst、 denn du kannst.)」でなければいけない旨、わが国刑法学の泰斗である団藤重光教授は述べられますが、医師等によって発見されることなく、本人も何らの症状を自覚していない疾病を予見するようなことは、「なすことができない(Man kann nicht!)」というほかない芸当でしょう。

それでは民事責任はどうでしょうか

 これに対し、民事責任はどうでしょうか。
 民法においても、原則として心神喪失者は賠償責任を負わないとされ、ただし故意または過失によって一時的にその状態を招いたときはこの限りでないとされています(民法713条)。
 そうすると、梅田の件については民事責任も問えないことになりそうですが、ここで自賠法3条が出てきます。いわゆる運行供用者責任と呼ばれる規定で、「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを証明したときは、この限りでない。」と規定しており、自動車の運行供用者(所有者、保管者等)に厳しい責任を負わせたものです。
 もっとも、運行供用者自身が運転し、もしこの人が心神喪失になった場合、民法713条が適用されるのであれば免責されるでしょう。これについては、自賠法3条の運行供用者責任について、民法713条が適用されるのかという形で議論されてきたところです。
 最近の下級審判決は否定説をとるものが多く見られるようです(例えば東京地裁平成25年3月7日判決(判例時報2191号56頁)、大阪地裁判決平成17年2月14日判例時報1917号108頁))。自賠法3条は、自動車の運行に伴う危険性にかんがみ、被害者の保護のため、過失責任主義を修正して民法709条の特則を定めたものであることなどから、加害者の保護を目的とする民法713条は適用されないというのがその理由です。
 なお、運転者とは別に運行供用者とされるべき者が存在する場合、その運行供用者に対して自賠法3条の責任を追及することももちろんできます。梅田の件では、自動車は運転者の男性が代表を務めていた会社の所有であり、被害者は会社に対して責任追及をすることができると考えられます(実際、会社が保険を使って対応されていると聞いています。)。

民事法においては、被害者保護が重要です

前に認知症高齢者の事故について書いたところでも述べましたが、民事法の分野では、加害者への懲罰よりも、被害者に対して然るべき補償を確保する観点が重要でしょう。
この観点からして、前記の裁判例は説得力のあるものと思います。
民法学の議論でも、「過失」を、客観的な結果回避義務への違反という側面を重視して論じる見解が近年有力であり、過失の客観化などと呼ばれていますが、このような見解も、賠償責任の基礎である「過失」の有無を、加害者の主観面に偏することなく認定する点で、被害者保護の観点と親和性のあるものといえるでしょう。