弁護士の泉本です。今回は,「どちらが被害者か」を考えたいと思います。

負傷者=被害者といえないケース

交通事故においては通常,相手の過失によって負傷をした方が被害者であるのは当然です。

しかしながら,「逆になっているのでは?」というようなケースもまれにあります。その最たるものが,次の最高裁昭和37年5月24日判決(民集16巻5号1157頁)の事案でしょう。

最高裁昭和37年5月24日判決の事案

昭和24年のある日,徳島県の某所で貨物自動車を運転していたA(当時18歳くらいの若者)と,自転車を運転していたBが衝突しそうになり,Bは衝突を避けたものの転倒し,骨折等の負傷をしました。

Bは,怪我の後遺症のため稼業である荷馬車引が一生涯不可能となってしまったと主張して,Aに損害賠償請求をしました。徳島地方裁判所は昭和26年にBの主張を認め,Aに対し約50万円(現在の価値にすると1000万円程にもなるでしょうか)の支払を命じる判決を下し,判決は確定しました。

まだ自動車保険も発達していない時代のこと(自賠責法ができたのが昭和30年です),貧しかったA青年は父母や親戚に頼っても支払いきれず,ついに賠償債務を苦にして自ら命を絶つに至りました。

まだ子どももなかったA青年の賠償債務はその両親C・Dが相続しました。そうしたところ,BはCらが所有する不動産を差し押さえたのです。

C・Dはこれに対して異議の訴えを起こしましたが,地裁・高裁で棄却されたため,最高裁まで上告したという事案です。

最高裁の判断

最高裁は次のように述べ,Bの行為が権利濫用に当たり許されない可能性があるとしました。

「BがAに対して認められた損害賠償請求権は将来の営業活動不能の前提の下に肯定されたのであるから,もしBの前示負傷がCら主張のように快癒し自らの力を以て営業可能の状態に回復するとともに,電話を引きなどして堂々と営業(その規模内容は論旨が特記している)を営んでいる程に事情が変更しているものとすれば,しかも一方において上告人ら主張のようにAは右損害賠償債務の負担を苦にして列車に飛込自殺をするなどの事故があったに拘らず前記判決確定後五年の後に至ってAの父母であるCらに対し前示確定判決たる債務名義に執行文の付与を受け突如として本件強制執行に及んだものとすれば,それが如何に確定判決に基づく権利の行使であっても,誠実信義の原則に背反し,権利濫用の嫌なしとしない。」

もしBの請求をそのまま認めれば,Bはすでに経済的に相当余裕がある上に,さらに相当額の大金を手にし(昭和30年代でも「50万円」といえば現在の500万円くらいの価値でしょう),他方C・Dは愛息に先立たれた上に路頭に迷うことになってしまうでしょう。―これでは,どちらが被害者なのか分かったものではありません。

このようにBのやり方はあまりに冷酷,もたらされる結果は極めて不公平です。これを避けるため,最高裁は「大岡裁き」をしたのでしょう。

なお,Bは昭和28年頃(賠償を命じた判決確定のわずか2年後!)にはすっかり回復し,荷馬車引も羽振りよくやっていたということですから,事故による怪我や後遺症も実際は,本人が主張するほど大きくなかったのかもしれません。

現在では損害保険が発達していますが…

戦後まだ日が浅い昭和20年代と比較して,現在では自動車損害保険が発達していますから,損害賠償も多くの場合,保険で対応できるでしょう。

しかし,大した実害も出ていないのに事故を奇貨として多額のお金を手にしようとする者は,遺憾ながら現在も存在するようです。そのような者がいるために,真っ当な被害者までもが疑われて,充分な補償がされなくなってしまうことにもなりかねません。

「自称被害者」は,本当に苦しんでおられる被害者に対する加害者でもあるのです。